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バボルナの夢たち ジャミールとハナン

壮年期を迎えた頃のスナップ
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NTT北九州 当時、100万枚突破するのでは、と話題のテレカに(撮影、森部氏)
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JRA 優駿、フォトコンテスト 大賞受賞 (撮影 森部氏) 
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ハナンに騎乗調教する大和武彦氏
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サラ ZOHAIR Ⅰ-6
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by babolna | 2006-07-30 20:06 |  

バボルナの夢たち ジャミールとハナン

長距離輸送の疲れも少しずつ回復。
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ジャミール 満一歳の誕生祝い(大和武彦先生)
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ハナンお嬢さんも、たまに興奮することがあった。
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by babolna | 2006-07-29 19:33 |  

バボルナの夢たち ジャミールとハナン

到着後のスナップ
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ハナンの調教が始まる(大和武彦氏)  
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by babolna | 2006-07-28 11:10 |  

バボルナから便りが届いた

1988年8月末、夢が現実になろうとしている。順調にいけば二頭のアラブ純血種が、ハンガリー国立牧場バボルナから送られてくるのである。 3月末、「約束の子馬を準備しているので、日本での通関手続きをお願いする」との手紙。子馬の写真と、それぞれの血統書のコピーが添えられていた。前年,バボルナに出向いて子馬の譲渡をお願いして雌雄4頭を譲渡して貰うことになっていたが当方の都合で4頭の内の雌雄2頭を選ばせてもらうことになった。しかし、動物検疫所はそんなに甘くはなかった。

成田の動物検疫所に問い合わせたところ  
検疫所 「ハンガリー国と、わが国とは馬の防疫取り決めが締結されていないので、現状では輸入許可はできない!」
私 「急いで締結して頂けないか」
検疫所 「半年や一年で出来るような事ではありません」
と、冷たい回答であった。

バボルナに対する回答の有効期日も迫ってくる。万策尽きて、諦めようかと何度も考えてはいたものの最後の策を思いついたのであった。

近くに強力な助っ人が在住されていたのである。
私、 「先生の力を貸してください。それでも不可能な場合はきっぱりと諦めます。」

先生、 「それは政治の話か、政治の話以外は力にはなれないぞ」 

私、 「外交の話しです。国が保存しているアラブ種の子馬をハンガリー当局が割譲を了承しているのに輸入を拒絶するのですか、これはまさに国際問題であり政治の出番ではないのですか。」
バボルナに対する回答の有効期日も迫ってくる。万策尽きて、諦めようかと何度も考えてはいたものの最後の策を思いついたのであった。
それから数日後、先生から連絡があり「急いで輸入手続きをするように」と、後日、お礼にと思い卵を一箱持参すると「こんなに貰っていいのか」
専門の商社であるN組でさえ出来なかった事が一気に解決したのであった。
* 先生、 今は亡き多賀谷真稔、当時、衆議院副議長

BABOLNA牧場から送られてきたIBN GALAL Ⅱ-2 後方は母親 23GHALION
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血統書のコピー
 
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IBN GALAL Ⅰー6




 

by babolna | 2006-07-15 06:44 |  

純血アラブを求めて〈馬と鉄砲と女は)



(有)日本バボルナ
「大村さん、馬を買うのならハンガリーに一緒に行こうか」
ほかならぬグループの総帥、阪本精造氏からの誘いがあった。前年、初めてバポルナを訪ね、アラプ馬に出逢ったときの感動は薄れるどころか日を追って募るばかりの私に、この誘いを断る理由など全くなかった。
1987年10月、ヨーロッパへ。フランスの“鴨”の産業を見学しドイツのブレーメンにあるDrナーゲルの種鶏場を見学した。わたしたちは、郊外の日本の茅葺き屋根の農家の造りによく似た別荘に招待され、彼のお嬢さんキャサリンの手作りのケーキをご馳走になった。。そして、別荘の広大な牧場には目を見張らんばかりの手入れの行き届いた純血アラブがおりその中の数頭の種牡馬を鑑賞させてもらった。
*その一頭に「乗ってみるか」とDr。ナーゲルに促されたが、乗るどころか気高いアラブの種牡馬の気迫と美しさにに、ただ見とれるだけで十分満足であった。

10月24日夜ハンガリー、バボルナ牧場の宿舎に入った。翌朝、重厚で広くて長いテーブルを挟んでミーティングは始まった。中央にハンガリー政府のバボルナ担当(農業大臣に匹敵する地位と言うことであった)Drプルゲルト ロバート、農場長のDr ナーギー、それに、育種を担当しているドイツ人の遺伝学者Dr ローレンツ 他。当方は、テトラクロスジャパンの阪本会長以下数名。
 挨拶や商談で予定の時間は瞬く間に過ぎようとしていた。

円形の芝生の中央に噴水があり、勢いよく水を噴き上げていた。芝生の外周はパドック(砂を敷き詰めた車馬の道)になっていた。そのパドックに現れたのは二個の太鼓を叩く騎手を乗せた黒い馬、続いて八頭の白馬に騎兵隊の軍装で跨り、ファンフアーレを吹奏しながら行進が行われた。まさに、お伽の国そのものであった。私:アラブ馬を譲渡してほしい。

Dr ブルゲルト:(最初は取り合いたくない迷惑そうな感じで話を逸らそうとしていたが、暫し沈黙の後)ハンガリーには“馬と鉄砲と女は選択を誤ると大変なことになる”と云う“諺”があります。あなたが馬を選びますか?

私: 馬の国に来て馬を選ぶようなことは考えていません。馬の国の貴方が選んでくれた馬ならどれでも結構です。(咄嵯に浮かんだ言葉であったが彼の心を動かしたのかもしれない。)

Dr 。プルゲルト:(農場長Dr ナーギーに)「この人の希望を叶えてやりなさい。」
この”鶴の一声”で私に対するすべての権限はDr ナーギー(農場長)に委譲されたようであった。
Dr ローレンツが言った「今から、大村さんの時間が始まる」そのとき私にはその意味がよく理解出来ていなかった。中庭のほうで時々ラッパの音が聞こえてはいたが・・・・
 「バルコ二一に出てください。」案内に従い、銃眼をかたどったバルコニーに出た。真下に見える
*阪本氏と私を先頭の5頭立て馬車の後方の客席に案内するとDr。ブルゲルト氏は前席の御者の横に着席してパドックを一周。優雅な気分に酔いしれたものである。
 
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写真の無段転用は固くお断りいたします
(有)日本バボルナ

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(有)日本バボルナ
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写真の無段転用は固くお断りいたします
(有)日本バボルナ
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五頭立ての馬車の客席から
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伝統のシャギアアラブと、熟練されたバボルナホースマンによってくりひろげられた華麗なる歓迎のセレモ二ーは、私にとって二度と経験できないと思われるが、終生忘れがたい思い出を創ってくれたDr。ブルゲルトをはじめ、バボルナの皆さんの好意に深く感謝しています。
* シャギアアラブ1789年ハンガリー国立牧場BABOLNA創立以来アラブ種の血を入れながら品種改良を進めてきた軍用馬で世界的に有名、昭和天皇の御料馬“白雪”や名画「アルプス越え」で有名なナポレオン1世の愛馬はこの牧場の産として知られている。軍馬の必要性が少なくなった近年、式典や長距離耐久レース等で活躍している。

<翌朝、馬の譲渡に関する 権限を委譲された農場長から”シャギアアラブかそれともエジプトアラブ”が欲しいのかと選択を迫られたものであった。選択を迫られた小生はbabolnaが200年にも及んで改良を重ねてきたシャギアアラブにするか、シャギアアラブの改良のために継続的に導入しているエジプト系純血種にするかと決断しなくてはならない立場になったのであった。”エジプトアラブをお願いしたい。”と即断したことが、間違いを犯したとは今でも思ってはいない。高貴で美しい生き物を手に入れることが出来たであるから。                   1987年10月26日ホテルの窓からはドナウの対岸に聳える王宮や、この大河を跨ぐチエン橋が難問をクリアして満足感にひたっている私を祝福してくれているかのようにドナウの川面に輝いていた。
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by babolna | 2006-07-13 12:19 |  

純血アラブを求めて〈二度めのハンガリー)

フランス鴨生産地ナント
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鴨料理
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田舎の町、ナントのモーテルで      右から二人目Dr.ローレンツ
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ワインのモテナシ ナントで
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by babolna | 2006-07-10 19:23  

赤いタマゴ(テトラエッグ)の故郷



 BABOLNAの概要 (1987年度)
ハンガリーの西の方に位置し、この国随一の農業コンビナートである。
規模
総面積 25.000ヘクタール
耕作地 16.000ヘクタール
森林    3.000ヘクタール
穀物   11.000ヘクタール  主に、トウモロコシ 小麦

馬      469頭      サラブレット
        220頭      アラブ
羊   16.000頭
豚   12.500頭
鶏4.300.000羽      ブロイラー レイヤー 

従業員  6.090人
大卒     298
高卒   1.040
労務   4.620
女性   2.400  


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by babolna | 2006-07-10 06:04 |  

赤いタマゴ(テトラエッグ)の故郷


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大河ドナウの向こうは国会議事堂

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左から3人目 Mr. peter tuu
*、このとき、昭和天皇の御料馬「白雪」が、この牧場の産のシャギア アラブであったとは、私には知る由もなかった。

by babolna | 2006-07-09 11:38 |  

赤いタマゴ(テトラエッグ)の故郷

(有)日本バボルナ
「人は、生涯で三度のチャンスに出遭う。」とか言われるが、私にとってはこれがその一つかも知れない。
1986年9月、当時、既に飼育を始めていた赤い卵テトラエッグの故郷であるハンガリー国立牧場BABOLNAを通訳氏を入れて三名で表敬訪問したのであった。
そこは、およそ200年前ハンガリー国軍によって創設され、以来軍馬(シャギアアラブ)の品種改良を進めてきたが、第二次大戦後は世界でも有数の鶏や豚などの品種改良の成果を挙げている国営企業であった。
 全く想像もしていなかった生き物がそこに居たのである。馬である。サラブレットでもなく、日本では図鑑でしか見ることの出来なかった高貴な品格を漂わせたアラブの純血種がそこに居たのである。
 BABOLNAの本部は200m×100mぐらいの中庭を石造りの厩舎と本部事務所に拠って、まさに砦のように取り囲んでいる。その中庭の中央には、天井にシャンデリアを備えた屋内馬場があり、隣接して20室程の二階建ての宿舎があった。その宿舎でハンガリーでの初めての夜を迎えようとしていた。
 夕刻の運動なのか、夕日を浴びながら若者を背にゆっくりと、しかも軽やかに厩舎に向かって帰って行くこの馬たちを目にした時、自制心を失いつつある自分を感じていた。
翌朝、この綺麗な容姿の馬たちを日本に輸入することは出来ないかと思いつつ、案内のプログラムにはなかったが、マネージャーのMr。 TUUにお願いして、アラブの子馬の放牧場の見学をおねがいした。
 彼が指差した彼方をよく見ていると、砂塵を巻き上げながら、近付いて来る群れがあった。紛れもなくアラブの子馬たちである。
私は、何事もなかったかのように草を食べ始めた子馬の群れの中に入らずには居られなかった。
 闖入者が珍しいのか、私の周りに集まった子馬たちは、顔を摺り寄せて来たり、鼻先で押されたりで、楽しいひと時を過ごさせてくれた。このとき、既に私の体の中で膨らみかけたこの馬達への想いは、もう鎮めようがなかった。
私、      「子馬を、譲って頂けませんか。」
Mr.peter tuu 「馬は、売り物ではありません。」
私、      「そこを、何とか。」
Mr.peter tuu 「馬は、私の権限外です。どうしようもありません。」
 私の執拗な願いに業を煮やしたのか、最後に「アイ ドント ノー 」と言って拒絶した彼の言葉は今でも強烈に私の脳裏に焼きついている。
*この言葉は、英語が苦手の私にも通訳の必要はなかった。

 創設以来、約200年の歳月をかけて進められてきた品種改良に拠って、成しえたこの国の最も重要な文化遺産の一つ、と聞きながら割譲を申し入れた自分の厚かましさを恥じながらも、引き下がることが出来なかった。
今、思えばこのとき既に「アラブ馬のとりこ」になっていたのであろう。

(有)日本バボルナ
注)写真の無断転用は固くお断りいたします。
 心を揺さぶる美しい生き物<font size="2">
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(有)日本バボルナ
屋内馬場
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宿舎の側面
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by babolna | 2006-07-09 11:33 |