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カテゴリ:馬( 78 )

 

ジャミール

ジャミール25歳になりました
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by babolna | 2012-12-29 19:26 |  

ジャミール

ジャミール25歳

by babolna | 2012-12-29 19:22 |  

じゃミール

じゃミールのこの頃
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by babolna | 2011-10-06 11:04 |  

11月3日のジャミール

11月3日ジャミールをたずねた。
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by babolna | 2009-11-03 19:24 |  

ジャミール

この頃のッジャミール
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by babolna | 2009-10-18 06:11 |  

Nagyさんの礼状

元、バボルナ牧場の農場長ナギーさんから綺麗な本(ドイツ語)と手紙がとどいた。

親愛なる大村さん                    Budapest, 2009-08-13

素敵な装丁の「バボルナとあなたの美しい国で過ごした素晴らしい日々を思い出す美しい本」をいただき、この驚きをどう表現したら良いか悩んでいるところです。いろいろなあなたの優しい配慮に感謝しています。

楽しかった夜の大阪の事や、名古屋での素敵な日々を今でも思い出します。
私は、あなたのアラビア馬達の日本での繁栄の成果を知ることが出来てとても幸せです。
あなたが、彼等と楽しい生活を送ってほしいと願っています。
どうか忘れないでください。彼等は「世界で最も美しい生き物だ」ということを。

ドイツ語によるBABOLNAのアラビア馬達のことを書いた本を贈ります。(ハンガリー語よりあなたの国の言葉に訳することは簡単だと思います。)ある種の内容については賛成できないが、BABOLNAのアラビア馬の歴史については正しく書かれています。気に入ってくれると光栄です。

Thank you very-very much- arigato-arigato あなたの本と写真を贈って頂いたことに、
あなたが素敵な馬達と健康で幸せな歳月を過ごされることを祈っています。

Dr Nagy Gabor                 和訳 大村みどり

by babolna | 2009-09-12 05:33 |  

ジャミールに会ってきた。

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by babolna | 2009-02-21 22:00 |  

馬と鉄砲と女は-2

馬と鉄砲と女
「大村さん、馬が欲しいのなら、ハンガリーに一緒に行こうか。」
他ならぬ、当時の会社グループの総師、阪本精造氏からの誘いがあった。
初めてバボルナを訪ね、アラブ馬に出会った時の感動は、薄れるどころか、時を追って募るばかりの私に、この誘いを断る理由など全くなかった。
一九八七年十月、再びヨーロッパへ。
フランスで鴨の産業を見学し、ドイツのブレーメンにある、ドクター・ナーゲルの種鶏場を見学した。
私たちは、日本の茅葺き屋根の造りによく似た郊外の彼の別荘に招待され、彼のご令嬢、キャサリンさんの手作りのケーキをご馳走になった。
そして、別荘の広大な牧場には、目を見張らんばかりの、手入れの行き届いた純血アラブが飼育されており、その中の数頭の種牡馬を鑑賞させてもらった。
その中の一頭に、「乗ってみるか?」とドクター・ナーゲルに促されたが、気高いアラブの牡馬の気迫と美しさに、ただ見とれるだけであった。
十月二十四日夜、ハンガリー、バボルナ牧場の宿舎に入った。
翌朝、広くて長いテーブルを挟んでミーティングが始まった。
中央にハンガリー政府のバボルナ担当ドクター・ブルゲルト(大臣に相当する地位と説明された。)、農場長のドクター・ナギー、そして、育種(品種改良)を担当しているドイツ人の遺伝学者ドクター・ローレンツ他。
当方は、テトラクロス・ジャパンの阪本精造氏以下数名。
挨拶や商談で予定の時間は瞬く間に過ぎようとしていた。
私「アラブ馬を譲渡してほしい。」
ドクター・ブルゲルトは議題になかった唐突でバボルナにとって余り有り難くない申し出であったらしく、最初は取り合いたくない感じで話を逸らそうとしていたが、時間の経過も気がかりなのかしばし沈黙のあと「ハンガリーには『馬と鉄砲と女は選択を誤ると大変なことになる』という諺があります。あなたが馬を選びますか?」
私「馬の国に来て馬を選ぶようなことは考えていません。馬の国の貴方が選んでくれた馬なら、どれでも結構です。」(咄嗟に浮かんだ言葉であったが、彼の心を動かしたのか、)
ドクター・ブルゲルト(農場長ドクター・ナギーに対し)「この人の希望を叶えてやりなさい。」
この「鶴の一声」で、私に対するすべての権限は農場長ドクター・ナギーに委譲されたようであった。
ドクター・ローレンツが言った。「今から、大村さんの時間が始まる。」
その時、私にはその意味がよく理解できてはいなかった。中庭の方でラッパの音が聞こえてはいたが。
「バルコニーに出て下さい。」案内に従い、銃眼をかたどった城壁に囲まれたバルコニーに出た。真下に見える円形の芝生の中央に噴水があり、勢いよく水を噴き上げていた。芝生の外周はパドック(砂を敷き詰めた馬車の道)になっていた。
現われたのは黒い馬。馬上の騎手は器用に二個の太鼓をたたいていた。続いて八頭の白馬。騎兵隊の軍装をしたファンファーレ隊を乗せた行進は、まさにお伽の国そのものであった。
騎兵隊の行進が終わったあと、パドックに案内された私たちの前に、五頭立ての馬車が二台、二頭立てが数台用意された。各々、分かれて馬車に乗ることになったが、中世のヨーロッパにタイムスリップしたような錯覚を覚えるもてなしであった。
阪本氏と私を先頭の馬車の後方客席に案内すると、ドクター・ブルゲルトは、御者のとなりに着席、パドックを一周させてくれた。優雅な気分に酔いしれた至福の時であった。
伝統のシャギア アラブと熟練されたバボルナホースマンたちによって繰り広げられた華麗な歓迎のセレモニーは、私にとって二度と経験できない終生忘れがたい思い出を創ってくれた。
この素晴らしい思い出をプレゼントしてくれたドクター・ブレゲルト・ロバートをはじめ、バボルナの皆さんのご厚意に深く感謝申し上げたい。
翻って、
*シャギア アラブについて。
一七八九年、ハンガリー国立牧場バボルナ創立以来、在来種にアラブ種を交配しながら品種改良を進めてきたシャギア アラブは軍用馬として世界的に有名である。
昭和天皇の御料馬「白雪」や名画「アルプス越え」で有名なナポレオン一世の愛馬は、この牧場の産として知られている。
軍馬の必要性が少なくなった近年では、式典や長距離耐久レース等で活躍している。                                 
*翌朝、馬の譲渡に関する権限を委譲された農場長から、シャギア アラブとエジプトアラブのどちらが欲しいのかと迫られた。選択を迫られた私は、バボルナが二〇〇年にも及んで改良を進めてきたシャギア アラブにするか、シャギア アラブの改良のために継続的にアラブ世界から導入しているエジプト系純血種にするか、決断しなければならない事になった。
「エジプトアラブをお願いしたい。」と即断したことが間違いであったとは、今でも思ってはいない。
高貴で美しい生き物が海を越え、私のもとにやって来るのであるから。
一九八七年十月二六日朝、ブダペストのホテルの窓からはドナウの対岸に聳える王宮や、この大河を跨ぐクサリ橋が、私の新しい未来を祝福してくれているかのようにドナウの川面に輝いていた。
「交渉がまとまるまで会議を終わらせないように」と私と示し合わせて交渉を成功に導いた阪本会長の子息で通訳を務めてくれた阪本徹君の功績を忘れる訳にはいかない。
*ドクター・ナギー「あなたの国の馬の役所のH氏から種牡馬の購入の申し出がありましたが取引は成立していないので承知しておいて下さい。」
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by babolna | 2008-12-27 13:53 |  

海に行った

海に行ったジャミール
2008年11月14日雪竹正義氏の計らいで恋の浦の浜辺を散策した。 騎乗は雪竹氏及び日頃、ジャミールを可愛がってくれている吉武利恵さん。

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by babolna | 2008-11-16 15:10 |  

グレースコーサーの軌跡15 北の大地の子や孫や曾孫たち

 二年ぶりの広大な北の大地に、子や孫や曾孫を訪ねた4日間
の旅は無事終わりました。5月15日は朝からご多忙な 中、日本純血アラブ馬協会会長であり、自らアラブ馬を飼育し繁殖させ、小生と縁の深いアバス(ABBAS PASHAⅠー13)を繋養され馬のエッセイストとしても著名な旋丸巴女史、ご主人の石村様を煩わせ、楽しみにしていた、「独立行政法人 家畜改良センター 十勝牧場」にグレースコーサーと世代交代したグレースコーサーの息子ケイソウ(慧双)の雄姿や鹿追町の片山牧場に繋養されている(日本純血アラブ馬協会に貸与されている)グレースコーサーに二年ぶりに会うことができました。
 省みれば20余年前、ふとした事情でハンガリーのBABOLNA牧場を訪れた際、偶然に出会ったアラブ純血種に心を動かされ、いろいろな障碍も何とかクリアでき、[繁殖に使用しない愛玩動物]として輸入が許可されたのでありましたが、遠く故郷を離れ二度と故国の土を踏むことはないであろう馬たちの将来を考えるとき、非力な自分の行為を反省することがしばしばでありました。
 その様なとき、役所の方から「遺伝資源」として活用したらどうか、つまり種畜登録をして繁殖馬として子孫を残していくという「行政指導」があり、 使用目的の変更を許可されたのでありました。これは我が国では希少なアラブ純血種の魅力が認められたものと信じています。
 1992年5月25日IBN GALAL Ⅱー2 とIBN GALAL Ⅰー6の第一子、グレースコーサー(十勝牧場で命名された)が誕生したのでありました。二週間ほど遅れて誕生したサラの息子とこの二頭の子馬は翌年、宮崎育成牧場に引き取られ、ここでまさに英才教育を受けた後、グレースコーサーは「農林水産省 家畜改良センター 十勝牧場」を活躍の場所とされたのでありました。
 この度、その息子ケイソウ(慧双)と世代交代して二世代に亘って、国立牧場に於いて「遺伝資源」として活用されることになり、このBABOLNA牧場から割譲されたエジプト系純血アラブIBN GALALの一族が我が国の馬文化の向上、特にエンデュランスにおいてグレースコーサーの息子アランの活躍は目覚ましく日本馬術連盟より2007年度「父内国産最優秀乗馬」に選定されたことなど20年前に見た”BABOLNAの夢”が北の大地でアラブ馬を愛する皆さんの努力で今、まさに花開こうとしています。グレースコーサーの生産者として、これ以上の喜びは有りません。関係された皆様に感謝申し上げる次第であります。
 併せて、北の大地でアラブ馬を愛し、愛馬と共に活躍されている皆さんの幸せを祈りつつ、再会を楽しみにしています。
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富良野
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by babolna | 2008-05-21 06:04 |