純血アラブを求めて〈馬と鉄砲と女は)



(有)日本バボルナ
「大村さん、馬を買うのならハンガリーに一緒に行こうか」
ほかならぬグループの総帥、阪本精造氏からの誘いがあった。前年、初めてバポルナを訪ね、アラプ馬に出逢ったときの感動は薄れるどころか日を追って募るばかりの私に、この誘いを断る理由など全くなかった。
1987年10月、ヨーロッパへ。フランスの“鴨”の産業を見学しドイツのブレーメンにあるDrナーゲルの種鶏場を見学した。わたしたちは、郊外の日本の茅葺き屋根の農家の造りによく似た別荘に招待され、彼のお嬢さんキャサリンの手作りのケーキをご馳走になった。。そして、別荘の広大な牧場には目を見張らんばかりの手入れの行き届いた純血アラブがおりその中の数頭の種牡馬を鑑賞させてもらった。
*その一頭に「乗ってみるか」とDr。ナーゲルに促されたが、乗るどころか気高いアラブの種牡馬の気迫と美しさにに、ただ見とれるだけで十分満足であった。

10月24日夜ハンガリー、バボルナ牧場の宿舎に入った。翌朝、重厚で広くて長いテーブルを挟んでミーティングは始まった。中央にハンガリー政府のバボルナ担当(農業大臣に匹敵する地位と言うことであった)Drプルゲルト ロバート、農場長のDr ナーギー、それに、育種を担当しているドイツ人の遺伝学者Dr ローレンツ 他。当方は、テトラクロスジャパンの阪本会長以下数名。
 挨拶や商談で予定の時間は瞬く間に過ぎようとしていた。

円形の芝生の中央に噴水があり、勢いよく水を噴き上げていた。芝生の外周はパドック(砂を敷き詰めた車馬の道)になっていた。そのパドックに現れたのは二個の太鼓を叩く騎手を乗せた黒い馬、続いて八頭の白馬に騎兵隊の軍装で跨り、ファンフアーレを吹奏しながら行進が行われた。まさに、お伽の国そのものであった。私:アラブ馬を譲渡してほしい。

Dr ブルゲルト:(最初は取り合いたくない迷惑そうな感じで話を逸らそうとしていたが、暫し沈黙の後)ハンガリーには“馬と鉄砲と女は選択を誤ると大変なことになる”と云う“諺”があります。あなたが馬を選びますか?

私: 馬の国に来て馬を選ぶようなことは考えていません。馬の国の貴方が選んでくれた馬ならどれでも結構です。(咄嵯に浮かんだ言葉であったが彼の心を動かしたのかもしれない。)

Dr 。プルゲルト:(農場長Dr ナーギーに)「この人の希望を叶えてやりなさい。」
この”鶴の一声”で私に対するすべての権限はDr ナーギー(農場長)に委譲されたようであった。
Dr ローレンツが言った「今から、大村さんの時間が始まる」そのとき私にはその意味がよく理解出来ていなかった。中庭のほうで時々ラッパの音が聞こえてはいたが・・・・
 「バルコ二一に出てください。」案内に従い、銃眼をかたどったバルコニーに出た。真下に見える
*阪本氏と私を先頭の5頭立て馬車の後方の客席に案内するとDr。ブルゲルト氏は前席の御者の横に着席してパドックを一周。優雅な気分に酔いしれたものである。
 
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五頭立ての馬車の客席から
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伝統のシャギアアラブと、熟練されたバボルナホースマンによってくりひろげられた華麗なる歓迎のセレモ二ーは、私にとって二度と経験できないと思われるが、終生忘れがたい思い出を創ってくれたDr。ブルゲルトをはじめ、バボルナの皆さんの好意に深く感謝しています。
* シャギアアラブ1789年ハンガリー国立牧場BABOLNA創立以来アラブ種の血を入れながら品種改良を進めてきた軍用馬で世界的に有名、昭和天皇の御料馬“白雪”や名画「アルプス越え」で有名なナポレオン1世の愛馬はこの牧場の産として知られている。軍馬の必要性が少なくなった近年、式典や長距離耐久レース等で活躍している。

<翌朝、馬の譲渡に関する 権限を委譲された農場長から”シャギアアラブかそれともエジプトアラブ”が欲しいのかと選択を迫られたものであった。選択を迫られた小生はbabolnaが200年にも及んで改良を重ねてきたシャギアアラブにするか、シャギアアラブの改良のために継続的に導入しているエジプト系純血種にするかと決断しなくてはならない立場になったのであった。”エジプトアラブをお願いしたい。”と即断したことが、間違いを犯したとは今でも思ってはいない。高貴で美しい生き物を手に入れることが出来たであるから。                   1987年10月26日ホテルの窓からはドナウの対岸に聳える王宮や、この大河を跨ぐチエン橋が難問をクリアして満足感にひたっている私を祝福してくれているかのようにドナウの川面に輝いていた。
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by babolna | 2006-07-13 12:19 |  

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