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赤いタマゴ(テトラエッグ)の故郷

(有)日本バボルナ
「人は、生涯で三度のチャンスに出遭う。」とか言われるが、私にとってはこれがその一つかも知れない。
1986年9月、当時、既に飼育を始めていた赤い卵テトラエッグの故郷であるハンガリー国立牧場BABOLNAを通訳氏を入れて三名で表敬訪問したのであった。
そこは、およそ200年前ハンガリー国軍によって創設され、以来軍馬(シャギアアラブ)の品種改良を進めてきたが、第二次大戦後は世界でも有数の鶏や豚などの品種改良の成果を挙げている国営企業であった。
 全く想像もしていなかった生き物がそこに居たのである。馬である。サラブレットでもなく、日本では図鑑でしか見ることの出来なかった高貴な品格を漂わせたアラブの純血種がそこに居たのである。
 BABOLNAの本部は200m×100mぐらいの中庭を石造りの厩舎と本部事務所に拠って、まさに砦のように取り囲んでいる。その中庭の中央には、天井にシャンデリアを備えた屋内馬場があり、隣接して20室程の二階建ての宿舎があった。その宿舎でハンガリーでの初めての夜を迎えようとしていた。
 夕刻の運動なのか、夕日を浴びながら若者を背にゆっくりと、しかも軽やかに厩舎に向かって帰って行くこの馬たちを目にした時、自制心を失いつつある自分を感じていた。
翌朝、この綺麗な容姿の馬たちを日本に輸入することは出来ないかと思いつつ、案内のプログラムにはなかったが、マネージャーのMr。 TUUにお願いして、アラブの子馬の放牧場の見学をおねがいした。
 彼が指差した彼方をよく見ていると、砂塵を巻き上げながら、近付いて来る群れがあった。紛れもなくアラブの子馬たちである。
私は、何事もなかったかのように草を食べ始めた子馬の群れの中に入らずには居られなかった。
 闖入者が珍しいのか、私の周りに集まった子馬たちは、顔を摺り寄せて来たり、鼻先で押されたりで、楽しいひと時を過ごさせてくれた。このとき、既に私の体の中で膨らみかけたこの馬達への想いは、もう鎮めようがなかった。
私、      「子馬を、譲って頂けませんか。」
Mr.peter tuu 「馬は、売り物ではありません。」
私、      「そこを、何とか。」
Mr.peter tuu 「馬は、私の権限外です。どうしようもありません。」
 私の執拗な願いに業を煮やしたのか、最後に「アイ ドント ノー 」と言って拒絶した彼の言葉は今でも強烈に私の脳裏に焼きついている。
*この言葉は、英語が苦手の私にも通訳の必要はなかった。

 創設以来、約200年の歳月をかけて進められてきた品種改良に拠って、成しえたこの国の最も重要な文化遺産の一つ、と聞きながら割譲を申し入れた自分の厚かましさを恥じながらも、引き下がることが出来なかった。
今、思えばこのとき既に「アラブ馬のとりこ」になっていたのであろう。

(有)日本バボルナ
注)写真の無断転用は固くお断りいたします。
 心を揺さぶる美しい生き物<font size="2">
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(有)日本バボルナ
屋内馬場
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宿舎の側面
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by babolna | 2006-07-09 11:33 |  

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